それは甘い20題① (お題配布サイト『確かに恋だった』様よりお題をお借りしました) ※取り敢えず4題だけ。 ※短いユシュした、シタしたが2編ずつ。 01.鼓動(ユシュ主♂※ユシュした) その首を覆うようにして掌をあてがい、更には中指と人差し指を首筋の奥まった箇所にぐっと押し付ける。 とくん、とくん、とくん、という一定の速度で刻まれる、生物ならば誰もが馴染みのあるそのリズムは、今は眠っているために遅く、鼓動は力強いとも弱弱しいとも言い難い。大魔王とはいっても、蓋を開ければこの男とてただの人間だということを、いやでも思い知らされる。 けれど、そんな他愛もないことに安堵を覚えてしまうのは、常から付きまとう不安故か。ユシュカの胸の内に巣食うのは、この男が今にも自分の目の前から姿を消してしまうのではないか、というものだった。 少し前まで、この男はユシュカを避けていた。 どうして避けられねばならないのか、心当たりがあるような、いや全くないとも言い難かったが、けれどもはっきりしたことが何もわからず、待ち伏せして捕まえて真意を白状させようとすると、泣かれてもっと避けられた。 あれは紛れもない、純粋な拒絶だった。 会えない日々がまた続いた。 各方面の伝手を頼って彼の居所を知ろうともしたが、勇者姫アンルシアからは呆れた顔で私の盟友の居場所は教えられないと袖にされ、エテーネ村のシンイには、最近はこちらにも顔を出さないのだとしらばっくれられた。彼らは、大魔王本人から口留めされていたのだろう。 アストルティアは広い。何の手がかりもなしに、冒険者一人を探し出すのは不可能に近かった。何より、大魔王が断絶していた二つの世界を繋げたとはいえ、魔界とアストルティアの間には、太古から蔓延る憎悪や嫌悪が依然として存在している。魔族で、しかも一国の魔王である自分が異国の地で人探し――しかも探し人は彼の地の大英雄というではないか――などしていては、どんな争いの火種となるかわかったものではない。だいいち、復興中のファラザードを捨て置いて、人探しなどしている場合ではない。 ユシュカは私情だけで好きに立ち回っていていい立場ではないのだ。かといって、他人に捜索を任せるのも嫌だった。自分の手で探し出さねば、意味がないとすら思った。伝手もなく、自らも身動きできないとあっては、自分から会いに行くというのは、事実上実現不可能なのだった。 もう二度と会えないのかもしれぬと、諦めるべきなのだろうかと半ば覚悟を決めかけていた時だった。大魔王――したみが、ファラザードにひょっこりと顔を出しに来たのだ。 驚き呆れつつ、しかし何も問うことはせず、ユシュカは突然の彼の来訪を受け入れた。 以前とは何かが違っている。そう感じたが、けれども彼の何がどう違っているのかはわからなかった。あの拒絶の理由を本当は心底知りたかったが、したみはあれを、なかったことにしたいのかもしれないと考えて、問い質したくなるのを堪え、前のように気軽に接触するのも控えた。下手に触れれば、あの時のように逃げられてしまうような気がしたからだ。 一人の友人として、大魔王に仕える魔王として、ユシュカは慎重に接した。したみは、何も語らない。 ある夜のことだった。 ファラザードに訪れたしたみを誘って、共にユシュカの自室で酒を飲んでいた。ソファに並んで座り、本当に酒を飲むだけだ。以前のように気軽に触れることはない。 したみはユシュカの私室に上がり込んで、酒を酌み交わすまで心を許すようになっていた。元々酔うと機嫌が向上するらしい性質のしたみは、その日は随分と酒が進んで酩酊し、ユシュカがそのくらいにしておけと止めるほどだった。 「そろそろ帰る」 「……そうか。おまえ、随分と酔っているが、そんな状態で帰れるのか?」 「そんなの、アビスジュエルでぶわっとエテーネの村に戻って、ルーラストーンでぱーっと家まで移動しちゃうんだから大丈夫。あっという間だよ」 酩酊している状態でそんなものを連続で使ったら、気持ち悪くなってしまうのではないだろうか。 「そうかもしれんが、少し休んでいけ。吐いても知らんぞ」 「いいよ。俺のかわいい後輩が待ってるし。早く帰りたいの!」 「じゃあせめて水だけでも飲んでいけ。持ってくるから待ってろ」 「いや、だから、いいってば」 ユシュカが立ち上がったところへ、したみも立ち上がって引き留めようとした。が、酔った状態で急に立ち上がったせいか、したみがバランスを崩してこちらの方へと倒れ込んできたのをユシュカが咄嗟に手を伸べて受け止める。 「っ、と、言わんこっちゃない。自分で思っている以上に、おまえは酔ってるんだよ。少しだけでもいいから休んでいけ」 「……ごめん」 「いや、謝る必要は、ない、が」 ユシュカはそこで、身を固くして言葉を失った。腕の中にしたみを捕まえていることに気付いたからだ。 したみの体温を感じたのは、いつぶりだろうか。最後に触れたのは、そうだ、あれは、イルーシャを失ったあとのことだった。酷い顔をしていたこの男の何か支えになりたくて、そんなこと、今までしたこともない癖にひたすら甘く、優しく触れることに徹したあの夜が最後だった。 間近に、懐かしい温度と匂いがある。別に、女のように柔らかいわけではない。しなかやかで弾力のある、若く、生命力に満ち溢れた男の肉体である。 あの晩餐会でこの男を見送ってからこっち、ユシュカがずっと求めていたものだ。探していた。ずっと欲しかった。しかしどの口でそんなことが言える。自分勝手に相手を貪ってきた自分が。彼が己から逃げたのは当然のことだったとさえ、今ならば思う。 陶然と、胸が疼く。心臓を誰かに緩く握り締められているような心地だった。自分はこの男に、己の全てを握られているのじゃあないだろうか。そんな風にさえ思った。 早く離さなければ。解放してやらねば。そう考えるのに、意志に反して腕に力が込もる。 「ユシュカ?」 肩口付近で、したみの顔がこちらを見上げる。アメジスト色の瞳は艶めかしく濡れているように見えて、それは自身の欲目だろうと思い込もうとするのに、彼を抱き締める腕はいっこうに離れようとしない。 「……悪い、すぐ離れるから」 「………………いいよ。このままでも」 「へ?」 思いも寄らぬ返答に、間抜けな声が口を突いて出る。 「…………泊っていってもいい?」 「いや、それは、ええと………………おまえこそ、いいのか?」 狼狽えて、思わず質問に質問で返すと、したみが気まずそうに目を逸らし、こちらの胸に顔を埋め、服越しのくぐもった声で呻いた。 「………………だめだったら最初から訊いたりしないんだけど」 ユシュカはいよいよ絶句した。何か具体的な期待があってしたみを酒盛りの席に誘ったわけではない。ただ、少しでも共に過ごす時間を増やせないかと、苦し紛れに誘ってみただけで、けれども、ならば、下心が一つもなかったかといえば、ないとも言い切れないのだった。 「……だめなら帰る」 自分がしたみの問いに答えていなかったことに漸く気付き、身体を離そうと身動いだしたみを慌てて引き戻して自身の胸へ押し付ける。 「ま、待てって、ここにいてくれ。帰るな」 「いるだけでいいの?」 試すような、挑発するような物言いだった。 「おまえな、人の気も知らないで……」 「ねえユシュカ、俺は交渉をしてるわけじゃない。俺とどうしたいのかを訊いてんの」 「おまえ……」 果たして、こんなに強く意思表示をする男だったろうか。会わないでいる間に、したみも少し変わったのかもしれない。この男の内面に影響を与えたものに関われなかったことを考えると、得も言われぬ寂しい気持ちが込み上げてきたが、それは女々しい考えというものだった。 「キスがしたい」 「おれも」 それだけで充分だった。 どちらからともなく、顔を寄せ合った。額を合わせて至近距離で見つめ合う。したみがつま先立ちにならずに済むよう、ユシュカはぐっと背中を丸めて首を傾けた。彼の顔は、ユシュカの肩の辺りにある。したみ、と声に出して呼ぶと、したみは目を閉じて唇を受け入れた。したみのこんな殊勝な態度は初めてだった。どこまで許されるのかを計りかねてユシュカは柔らかな表面が触れ合うだけの口づけに留めた。するり、としたみの腕が首に回されて、その唇も薄く開いたのが唇越しに伝わってきた。それをいいことに、ユシュカはしたみの口腔に舌をぬるりと侵入させる。酔っているせいか、記憶の中の彼よりも随分と熱い。相手の舌に行き当たると、待っていたかのように、いや実際、待っていたのだろう、受け入れるどころか、したみからも積極的にこちらの内部を貪ろうとする。 そのことに、胸の内がざわりと揺らぐ。こうしたことにしたみが積極的だった試しは殆どない。見たこともない殊勝なしたみの態度が、他の誰かの影を示すものなのか、或いはただ自分を求めてくれてのことなのか判断がつきかねた。全てが邪推でしかない。今は真実を確かめようもないその不穏な考えを振り払うしかなかった。 すぐ背後にはベッドがある。 こちらの首に巻き付けた腕をぐっと引っ張って、したみが背中側へと体重をかけた。支えていた腕にぐっと体圧がかかり、ユシュカは前のめり気味になる。意を汲んでしたみごと寝台へと倒れ込む。ぼすん、と思いの外勢いよくしたみは背中から落ちたが、ファラザードの魔王のベッドのスプリングの効きの良さを、外ならぬベッドの持ち主である魔王ユシュカ自身がよく知っている。背中から落ちた痛みなど全くないはずだ。立っているよりもずっと口づけやすくなり、より深く、互いに夢中で唇を弄り合う。 バルコニーの方から街の喧騒が聞こえる。その喧噪はユシュカにとって耳慣れたものだが、今夜ばかりはやけに遠くに聞こえた。今は自らとしたみの吐き出す息と唾液の混じる音が、鼓膜の奥で生々しく響いている。 後ろへと撫でつけたしたみの髪を掌で乱しながら、相手の息継ぎを邪魔するようにして唇を追い求める。したみはやめろとは言わなかった。可能な限り、求めに応えようとしているのがわかった。拒まれず受け入れて貰える悦びに、呼吸が震える。 反面、どうして、何故今になって。あんなに俺を避けていたくせに。そう思わないでもなかった。 傷付かなかったわけがない。したみは、ユシュカが魔王として全てをこの男に捧げると決めた大恩人である。そして、一個人のユシュカにとってしたみという人間は、友人などという枠組みでは収まらぬ、それ以上の存在だった。ユシュカは、そんな存在から拒絶されたのだ。 もっとも、ユシュカにとってはそうでも、したみにとってはそうではないことはユシュカにだって分かっていた。出会った当初、命の恩人であることを笠に着て、その必要があったからとはいえ、同意のない身体の関係を結ばせたのは外ならぬ自分だった。彼が大魔王になって以降は、傷の舐め合いのような側面がありはしたが、あれはちゃんと同意だったはずだ。たぶん。そう思いたいだけかもしれないが。 そうやって歪な関係で繋がりながらも、したみとは共に苦しみを乗り越え、闇の根源を討ち果たした。その末に、甚だ歪だが、この男と自分の間にしかない唯一無二の絆が強く結ばれたのだという自負があった。 だからまず、関係を築き直す第一歩として友人になってほしいと、あの晩餐会の日そう申し出たのだ。あの時、したみは了承したのに。あの日初めて、友人としてのスタートラインに立てたとばかり思っていた。 避けられているのを自覚した時、俺が何をしたと憤った。この男にとって自分は何なのだ。苦楽を共にした仲間、命を懸けて共に戦った仲間。そう、仲間だったのではないかと。避けられていると判明し、友人としての己まで否定されたような気になった。衝撃を受けもしたし、薄情な男だと恨みにも思った。 憎らしいのかもしれない。けれど、本当に憎らしい相手なら、会いたいだとか、慎重になって、関係を築き直そうなんて考えもしなかったろう。 どういう感情のプロセスでそうなったのか、我ながら理解できなかったが、結局のところ、答えは明確に出ている。 ユシュカはこの男のことが、どうしようもなく好きなのだ。 少し唇を離すと、蕩けたしたみの瞳がある。目がきもちいいと訴えている。キスなど数えきれない程交わしてきたが、この男がこんなにもあけすけな表情を向けてきたことなどあったろうか。思い返しても、この男がよくしていた表情といえば、しかめっ面か、嫌そうな顔か、耐えるように唇をかみ締めるだとか、とにかくそういった類のものばかりである。ひょっとして、嫌われていたのだろうかと不安にもなる。 そんな風に記憶を探って考え込みかけると、したみは離された唇を追いかけて、再び口づけてきた。 ますますわからなくなる。どういう気持ちでこいつは俺にキスをしている? 酔っぱらって、上機嫌な状態であるにしてもだ。 自分のこころ以上に、この男の胸の内の方が理解できなかった。 02.3センチ(シタした) 目を覚ますと、そこには先輩の顔があって。 って、何でこんなことになってるんだ⁉ 先輩との距離は、およそ3センチメートル。ほどんど額がくっつくぞっていう近さである。 目を閉じているしたみ先輩は、正真正銘眠っていた。それもぐっすり、熟睡だ。わざわざこっちへ体を向けて、あれっ、これ、腕枕されてないか? 俺、首の下に先輩の腕を敷いてる! 何で!? 確か俺は、自分の部屋で昼寝をしていて、うん、俺の部屋だな。でもその時は俺一人きりだったはずだ。今日は先輩もセオーグたちもみんな出払っていて、俺は留守番をしてたんだ。先輩がいるってことは、みんな帰ってきたんだろうか。 などと状況把握に努めていると、先輩がうーんと唸って眉をしかめてむずむずと口を動かした。何てことのない動作だが、俺には目の毒だ。慌てて起き上がろうとすると、先輩の腕枕をしていない方の手が、俺の腰辺りにがっつりと絡まっていて身動きが取れないことが判明する。 いや、別に、普通に退かせばいいだけなんだけどさ。でも、ほら、この状態が終わるのが、勿体ないな~って、俺だって思うわけで……。 だってさあ、ちょっと頑張って首を伸ばせば、キスできちゃうんじゃないかってくらいの、そんなところに先輩の顔があるんだぞ……。先輩と、キスなんて……。 って、俺はいったい何を言ってるんだ! そんなことできるわけないだろう! そりゃあ、したくないわけじゃないけど……いや、いやいやいや! 冷静になれ、冷静に。 たぶん先輩は、俺を探して部屋まで来て、寝てるのを見て起こさずにいてくれたのだろう。で、自分も眠くなってベッドに上がってきた……みたいなことなんじゃないかな。 いやいやまてまてまて。だったらこの先輩の腕はどういう経緯で俺の首の下に潜り込んだっていうんだ⁉ 「せんぱい」 キスはできないけど、額ならいいかなと額同士をくっつけてみる。 バニラ色の睫毛が瞼の縁を飾っている。やっぱり綺麗だ。その瞼の向こうには、アメジスト色の瞳が隠れていて、それが陽に当たると、きらきらと反射して、いっとう透明感を増す。嘘みたいに綺麗で、神秘的で、不思議で好きだった。残念ながら、起きている時に観察していられるほどの精神的余裕はないのだが。 そうやってじっと観察していると、絶えず先輩の寝息が口元をかすめてきて、なおさらいけない気持ちになった。 くそう、やっぱり、キスしたい。 後ろに撫でつけられた、先輩のやわらかな髪に触れる。睫毛の色とおんなじ。先輩は俺の事をいつも撫でたがるけど、俺の方こそこうして先輩の髪や唇に触れたいというのに。 俺は結局、先輩を形作るものすべてが好きなんだ。 「厄介だなあこの人……ほんとに」 厄介なのは先輩のこの無防備さではなく。 俺の気持ちだってことはわかっているけれど。 03.指先(シタした) シタミが眠っているところを見るのは、別に珍しいことではないけれど。 何なら日常的に見ている光景だし、他の後輩たちよりも共に過ごした期間が長いだけあって、シタミのそういう姿は誰よりも多く目にしている。その逆も然りだ。 俺はシタミの寝姿を見るのが好きだった。だってかわいい。シタミのかわいいツリ目がぴったりと閉じて、幸せそうに、安心しきったようにむにゃむにゃと眠っている。幸せそうに眠る後輩の寝姿が、かわいくないわけがないじゃないか。 ちょっとしたいたずら心と、触ってみたい気持ちに逆らえず、ベッドサイドに凭れ掛かって、指先でつん、とおでこに眉間、鼻の先端、唇をつついてみる。さすがに普段、そうそう簡単に触れられるような場所じゃない。触れるのも、起きないように軽くだ。よく眠っている。全く起きないなあ、と思ったその時だった。 「せんぱい……?」 まずい。起こすつもりなんかなかったのに、起こしちゃった! 慌てて指を引っ込めようとすると、シタミの掌が、目にも留まらぬ速さでがっしりと俺の手首を掴んできた。さすがの反射神経である。 「シタミ、ごめん」 シタミはあまり寝起きが良い方とはいえない。そこがまたかわいいのだが、気持ちよく眠っていたところを、意味もなく起こしてしまったのを申し訳なく思って謝ると、聞こえているのかいないのか、シタミがまたせんぱい、と呟いた。意識がまだはっきりしないのだろう。やっぱりかわいいなぁと、どさくさでシタミの頭を撫でる。だっていつもは恥ずかしがって逃げるからさあ。 「まだ寝てていいよ。晩ごはんが出来たら起こしにくるから」 食事作りは専ら後輩のルードくんの担当だが、俺たちは交代で彼の食事の準備を手伝う。今日はノルンの当番だった。ちなみにセオーグは、ルードくんから戦力外通告を受けている。 「せんぱいも、ねよ」 「いや、俺は」 遠慮しとくよ、といいかけているところへ、シタミが掴んだままだったこちらの手首を思いっきり自分の方へと引っ張り込んだ。そんなことをされるとは予想の外の俺は、なす術もなくシタミの上へと倒れ込む。シタミを押し潰してしまわぬよう、咄嗟にベッドに手をついて体ごと突っ込むのを堪えたが、今度は下からシタミの腕がにゅっと胴体へ回ってきて、全体重をかけてしがみつかれた。 「ぬおっ、重いってシタミ! たーおーれーるー!」 意地でも後輩に全体重なんてかけちゃならないと、どうにか踏ん張ってシタミの上に崩れ落ちるのを堪える。 「まだねむい。せんぱい、まくらになって」 こんなに甘えてくるなんて、恥ずかしがりやで慎み深いシタミらしくない行動だ。するとしても泥酔した時くらいのもので。いや、こんなシタミが見れるのなんて、めちゃくちゃに嬉しいけど。完全に寝ぼけている。 「枕? うーん、それくらいならお安い御用だけど」 そういうことなら、まあいいか。俺は寝ぼけて離してくれそうもないシタミを自分から引き剥がすのを諦めて、しがみついたままのシタミを片腕で抱えながら隣に寝転んだ。これならまあ、押し潰す心配をしなくてもいいだろう。 しかし枕といっても、抱き枕? 俺とシタミはあんまり体格差もないし、逆に寝づらそうだよなあと、ちょっと考えてから、シタミの首の下に腕を通して腕枕の形へともっていってみた。シタミは嬉しそうに、さすが先輩と、いったい何がさすがなのかよくわからないが、とにかく喜んで頭を寄せてきた。いつもだったら、俺が触れようものなら恥ずかしがって逃げちゃって、間違ってもこんなことをするような子じゃないのに。やっぱり寝ぼけている。かわいい。ひたすらかわいい。嬉しそうにくっついてくるシタミに、俺まで嬉しくなって、この状態のままで寝入ってみることにした。 「んん、けっこういいかも、これ」 別に眠かったわけじゃないけれど、なんかすぐ寝れそう。シタミがあったかいからかな。 「ふふ、せんぱい、ちかい」 幸せそうに、シタミがむにゃむにゃと喋る。ああ、でも、これは、殆ど寝入っている状態だ。次に起きた時、彼は何も覚えちゃいないだろう。 「そうだねえ。ちかいねえ」 「せんぱい、きすは?」 「あはは、今日は本当に甘えただね。おやすみ、シタミ」 俺にキスを要求するシタミなんて、酔っぱらった時にしかお目にかかれない。俺はいいけど、シタミ的に本当にこんなことをしてもいいのだろうか。 うーん。どうせ覚えちゃいないだろうし、まあいいか。 求められるままに、俺はシタミにおやすみのキスをした。 04.おはよう(ユシュした) よくよく考えてみれば、朝の挨拶というものを、この男とはあまり交わしたことがない。あれだけ共に朝を迎える仲だというのにだ。 それもそのはずで、したみは一晩を共に過ごしても、殆どがその明け方か、酷い時など夜中に部屋を辞去しているのだった。しかもユシュカが寝ている間、勝手にである。 訂正、共に朝を迎えてはいない。 「だって、早く帰りたいんだもん。後輩の顔見たいし」 理由を訊ねれば、この通りである。気まぐれか。まったく嫌になるというものだ。 「夜中に帰ったところで、おまえの後輩とやらだって寝ているだろうに」 「わかってないな。朝起きておはようって言えないだろ、ここで朝を迎えちゃあ」 じゃあ俺には言わなくてもいいのか。そう思わなくもなかったが、この男の後輩への愛は常軌を逸している。俺と後輩どちらが大事なのかと問うたなら、一も二もなく後輩だと答えるであろう。訊いてみるまでもない。今のところ、ユシュカが彼の後輩に勝てる見込みはなかった。 それでも、である。 ユシュカは彼の来訪を待つ立場だ。そのユシュカのところへ、したみはわざわざ、人目を忍んでここに来て、ユシュカとの夜を過ごしにくる。それは紛れもなく、彼の意思だった。 まあ頻度はそう多くない――下手をすると半年以上来ないこともある――し、他でもこういうことをしているのじゃあないかとか、気にかかる点がいくつもありはするが。 我慢してやっている諸々に目を瞑り、そうした事実を拾い集めれば、したみは案外、この関係を満更でもないと感じているのではないだろうか。 (というか、ここまで期待を持たせておいて何も感じてないとかだったら、縛り上げて閉じ込めてどこにも行けないようにしてやる) 密かにそのような決意を胸に秘めていることを、今のところ彼には秘密にしている。