アシュ主♂

 

ご注意ください!ネタバレがございます!!

※前後が謎ですが、6.3後〜6.5前期のどこかの間。
※主人公がしたみです。
※主人公がレオーネの生前時の話を聞きにアシュレイを訪ねて回生堂?だっけ?英雄たちが滞在している宿屋に訪ねてる、くらいのイメージです。英雄たちは気を利かせて宿屋から離れているんじゃねーかな。なので宿屋の個室に2人きりだと思って欲しいです。
※雰囲気で読んでね。何か間違っていたらごめんなさい。

 

 

 

 

「アシュレイ、俺が君を許すよ」
初代勇者であるアシュレイを、恨みに思ったことは一度もない。
許すも何もない。したみは、彼に怒りを覚えていないのだから。
それでも当代の盟友したみは、敢えて彼に赦しを与えた。そうでもしなければ、アシュレイは顔を上げることもできそうにないからだった。
アシュレイが真に赦しを求める相手は、双子の弟であるレオーネだ。したみもそのことは重々理解していて、その実、その贖罪の言葉の矛先が、あながち自分に向けられていないわけでもないことも知っていた。
盟友たちの歴史。本来は勇者と同じ立場でありながら、政の都合で格を落とされたレオーネ。その後の歴史に出現した、盟友としての力を授かった者たち。したみは、その歴史の末端、当代の盟友に位置する存在である。
勇者はその血統により、グランゼドーラの血筋から現れる。対して、盟友と呼ばれる者たちは、出自も環境もバラバラで、いったいどのような基準をもって選出されているのかは不明である。生まれた時からそう運命づけられるものであるのか、それともある日突然そのような力を授けられるのかはわからない。したみ自身は、後者ではないかと考えている。
したみは今より5000年前の古代エテーネ王国に生まれ、自らの内に宿る時渡りの力でこの時代に渡ってきた。前者のような発生の仕方をするのであれば、ここからしてもう、首を捻るのである。5000年前に生まれた自分が、そこから5000年後のこの時代の盟友になることを運命づけられていたのだとしたら、自分は運命に雁字搦めにされた存在ということになる。だがしたみには、自分がそのような大層なものだとは思いたくなかった。盟友は、勇者との相性、意思で決まる。そうであれば、どんなに良いかと思う。
長い歴史の中で、不遇な扱いを受けた盟友は多い。したみも実際に、カミルという例を目撃し、レオーネが後の世で受けた仕打ちと結末も知っている。ああしたことは、したみの知らぬ他の時代でもあったことなのだろう。
英雄の魂として天星郷に蘇ったアシュレイは、そのことを知ったのだ。レオーネをはじめとした、神話時代末期から続く、何千年分もの歴代盟友たちへの良心の呵責。それらは、アシュレイの内側で怨嗟の鎖となって心を縛り付けているに違いなかった。事情を知ったしたみには、当時のアシュレイの苦渋の選択を、過ちであったともいえない。けれど、その選択によりレオーネが非業の最期を遂げたことは事実だった。自分を責めるな、などと無責任に慰めることも憚られた。
したみは当代の盟友である。
使い走りにされ、いいように使われても、別にそれをおかしいと思ったことはない。一度死に、人の体を借りて蘇った身だ。たとえどういう扱いを受けても文句は言えなかった。
グランゼドーラ王家からは客分のような立ち位置で、根本的には部外者だという意識が、王家にもしたみ自身にもあるのは否めない。だがそれは不当なものだろうか。事実したみは部外者なのだ。その時がくれば、王家はしたみを切り捨てることさえするだろう。それでも客分として随分と優遇してもらっているし、姻戚でもないのに王家に深く関わり過ぎるのも互いにリスクが伴う。今の関係が丁度良い落とし所ではないかとしたみは思っている。
人々の間でも、もてはやされるのは勇者ばかりだが、それに関しても不満はなかった。勇者の使命と王家の役割に縛られ、自由に動けないでいるアンルシアには申し訳ないが、あまり注目されることのないこの立場であったことが、自分にとってはむしろ都合がよかったとさえ思うほどだ。
そう、したみは、案外盟友業を楽しんでいる。
一度死に生き返しを受け、絶望を味わいもしたが、5大陸中を旅した末に冥王ネルゲルを撃ち破って以降、勇者を探し出すためにレンダーシアに降り立ち、その後もナドラガンド、過去の世界、魔界、天星郷を冒険し、たくさんのヒトと出会えたのは、旅する中で盟友として目覚め、力を得たからだ。もちろん辛く、苦しい経験も数えきれないほど味わった。それでも総じて、長い長い旅路は、したみにとって何よりも価値のあるものになった。これだけは、自分自身の大切な財産だと胸を張って言える。
アシュレイに対して、恨みなどあるわけがないのだ。
しかしそれをアシュレイに言ってやったところで、彼の心が救われることはないだろう。彼に必要なのは赦しであり、下手な慰めなどではない。
レオーネはもういない。歴代の盟友たちも、存命している者はない。
今や、歴代盟友たちへの呵責に苦しむ彼に、赦しを与えられるのは当代の盟友たるしたみだけだった。
「……したみ」
アシュレイが顔を上げる。その瞳が濡れているということはなかったが、したみはそれでも彼が泣いているような気がして、そっと目の下を拭ってやった。すると、アシュレイは今にも泣き出しそうに顔を歪める。余計なことをしただろうか。
「おまえは、底なしに優しい奴だな」
「同情してるだけだよ。弟を失った可哀想な初代勇者様に」
「……言うじゃねえか」
「……兄弟を失う悲しみは、俺にもわかるから」
長い別離の末に取り戻し、今では新しいエテーネの村に住んでいる兄を思い起こす。自分は取り返すことが叶ったが、アシュレイにはそれがかなわなかった。アシュレイは双子の弟を失った。それも、道を違え、アストルティアに事実上の破滅をもたらそうとするジア・クトを迎え入れたレオーネを、自ら手にかけるという形でだ。様々な人の思惑が兄弟の仲を引き裂いた。
彼ら双子のその本質は、2人で一対の存在であるかのような大変仲の良い兄弟だったのに。
死してなお、弟を手にかける羽目になり、それでも安らかに眠ることを許されぬアシュレイの苦しみは、到底計り知れるものではなかった。
「おまえにも、兄弟がいるんだな」
「うん。大事な俺の兄さんだよ」
「……兄さん、か」
その青い瞳は、どこかアンルシアを彷彿とさせる強さを秘めている。やはりよく似ている。どちらかというと、兄のトーマの方がその面影が強いだろうか。その瞳の向こうにアンルシアの面影を見つけて少し笑う。似ているのは瞳だけではない。アシュレイの中にはアンルシアと同じ力が宿っている。アシュレイと接しているとその力を強く感じるのだ。その力を感じていると、無性にアンルシアに会いたくなってくる。彼女には、最近あまり会いに行けていなかった。
「おまえは、レオとは全然似てないな」
「そりゃそうだよ。レオーネとは血統的な繋がりはないんだから」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……雰囲気とか、考え方とか、そういう話だよ」
レオーネの面影を、当代の盟友に見出そうとでもしているかのように。
アシュレイの右手がこちらに向かって伸びてくる。先ほどしたみがしたのと同じように、その指先がこちらの目の下をなぞった。
「けど、おまえの中にはレオの力を感じる。……なあ、もっと近くに来てくれないか」
「近くったって……既にだいぶ結構近距離だけど」
「……焦ったいな」
そこからはあっという間の出来事だった。アシュレイの右手がそのまま後頭部へ回り込んで引き寄せ、もう片方の手が背中に回って身体ごと持っていかれる。見つめていた青い瞳が視界いっぱいに大写しとなり、唇同士が触れ合う。
ーー何を、突然。
脈絡のないアシュレイの行動に、咄嗟にその手を振り解いて距離を取ろうとしたが、そうすることで起こりうる弊害を思い浮かべ、最後には彼と揃いの羽飾りをつけた双子の弟の面影と、彼らとよく似た瞳を持つ当代の勇者の面影が脳裏を過り、断念した。
救えなかった、ヒトを憎みジア・クトの支配でアストルティアの破滅を望んだ彼の双子の弟。当代勇者のアンルシアの終わることのない使命と王族としての責務。死してもなお英雄として仮初の肉体を得、今や神となった初代勇者のアシュレイ。瞬く間にそれらが頭の中を駆け巡り、したみの脳内をぐちゃぐちゃに掻き乱してゆく。
盟友であり、大魔王にまでなったしたみにも、彼らの運命はどうすることもできない。何もしてやれない。
求める通りこの身を好きにさせれば、せめて目の前の、彼の心をいっときでも慰めることはできるだろうか。こうすることでこの男の気が楽になるのなら、安いものだ。己の差し出せるものなど、そんな程度のものでしかないといえばそうだが。
「アシュレイはレオーネとよく似てるね」
「……そりゃ、双児だからだろう」
したみは答えず、代わりに嗤った。アシュレイは何だよという顔をしたが、それ以上追及しようとはせず、今度は深く口付けてきた。それには応えながら、頭の中にレオーネの顔を思い浮かべる。アシュレイとほぼ同じ造作なのに、どこか違う顔つきに、レオーネだとわかる。思い出すレオーネの顔は、いつも寂しげだった。
似ているのは、顔だけではない。
欠けたものを当代の盟友で埋めようとするところが、二人してどうしようもなく似ているのだ。
レオーネは、共に生きる相手を求めていたのだと思う。あの時レオーネの手を取っていれば、何か変わっただろうか。いや、何も変わらない。したみはアストルティアの破滅を望まない。したみはヒトが好きだった。だからどんな困難に出会そうとも、いつも誰かの協力を得ながらここまで走り抜けてくることができたのだ。初めから、レオーネの手を取るという選択肢など存在しなかった。
わかりきった答えがあるのに、そんな自問を繰り返してしまうのは、やはり自分にも消滅してしまったレオーネへの悔いがあるからだろう。本当に救えなかったのか。他に何かできたのではないか。果てどなく続く問いに、終わりはない。
だからだろうか。今こうして、アシュレイを受け入れようとしているのは。
神化を遂げて尚、アシュレイの肉体はただの人のように柔らかく、温かい。神と化したその身が、このような行いをして、果たして良いものだろうか。そもそもこの男は、男を抱いたことがあるのだろうか。けれど、もうそんな疑問を抱いたところで遅かった。
そう考えたのを最後に、目を閉じてしたみは思考を放棄した。