ドーナツと香辛料(ユシュした♂)

※ユシュ主♂(ユシュした)

※大魔王城にあるユシュカの部屋での一幕。

※すごい捏造。

※時系列はあんまり気にしないでほしいですが、強いていうなら主人公の大魔王就任直後くらい。殺伐期であり、傷のなめ合い期。







隣に座る、ファラザードの魔王に問いかける。

「ユシュカって、ドーナツ好きなの?」

「あ?」

ドーナツにかぶりつこうと大口を開けていたユシュカの動きがそこで停止する。ドーナツは既に一口齧られた後だった。少なくともしたみがこの部屋に入ってから、ユシュカは二つ目のドーナツに手を付けている。

この菓子に、したみはそれほど馴染みがない。少なくとも、アストルティアでは、どの大陸においても、広く食べられている印象の薄い菓子だった。

「俺の知ってるドーナツとは少し違う匂いがするんだよね、それ」

小麦とたまご、そこにミルクやら砂糖を混ぜ合わせ、リング状に成型したものを揚げたものが基本的なドーナツだ。ただ、以前ファラザードのユシュカの部屋で見かけたドーナツには、したみが知っているドーナツの材料の他にも、何かしらの香辛料が混ぜられていると思われた。そして今ここにあるものからも同じ匂いがする。魔界のドーナツを食べてみたことはないが、鼻の利くしたみにはわかる。

甘い菓子に香辛料を混ぜる。アストルティアにはない発想だった。

「ご明察」

食べかけのドーナツを下ろし、ユシュカが身振り手振りで得意げに語りだす。

「少量のスパイスが入ってるんだ。香辛料の類は、ファラザードでは交易で盛んに取引されている。このドーナツはその香辛料を使って何か名物スイーツを作れないかと考案されたものなのさ。ドーナツならこの砂漠でも腐りにくいだろう? だからドーナツなんだが、まあ、狙ってできたレシピではなく、生地作りの最中、誤ってスパイスを溢した結果出来たものらしいぞ」

「へぇ、じゃあ、この前たまたま出来たアイスクリームみたいなもんか。あれ、本当はミルクセーキを作ろうとしたんだよ。それが固まり過ぎてあわや失敗かって俺も焦ったけど、あれはラッキーだったなあ」

「失敗が転じて成功する……何事もチャレンジってことだな。って、あれ、おまえが一枚噛んでたのか」

「ジルガモットさんに喜んでもらえてよかったよ。で、好きなの? ドーナツ」

「そこそこだな」

「ふーん」

そこそこと言いながら、わざわざ大魔王城に持ち込んで食すほどである。好物なのだろうとしたみは決めつけた。

「ユシュカさあ、甘いのが好きだったりする?」

「そこそこだ」

「そればっかりじゃん。別にいいけどさ」

強いて知りたいと思って訊ねてみたわけではない。教えないというのなら、それでも構わなかった。

「なんだ? さっきから物欲しそうに見えるな」

「そりゃ、魔界のドーナツがどんな味なのかは気になるし」

「おまえ、何でも口に入れそうだもんな」

「ど、どういう意味だよ。確かに、食べられるかな~って思ったらついチャレンジしちゃう癖はあるけど……」

「何だそりゃ、赤ん坊じゃあるまいし。無闇に何でも口に入れるのはやめておけ。まあいいや、おまえも食うか? ドーナツ」

「いいの?」

「まだたくさんあるし、そもそもここは大魔王の城だぞ。俺が今食べているドーナツだって、おまえのもんだろうが」

その理屈はいまひとつ理解しかねるが、要するに自由に食べていいということらしかった。

「じゃあいただきます」

したみは、数種類のドーナツが乗った皿に手を伸ばした。皿はユシュカの前に置かれているので少し身を乗り出す必要がある。手を伸ばしかけると、それよりも早くユシュカが皿を遠ざけた。しかもわざわざ、したみの位置から少し手を伸ばしただけでは届かない距離に、である。

「ちょ、何で遠ざけるんだよ。くれるんじゃなかったの?」

これでは言っていることとやっていることが違うではないか。ドーナツはまだ数個残っている。いくら甘党だとしても一人で食べきるような量ではなかった。

なるほどこれは嫌がらせだ。何て仕様もないことを思いつくのだろうかこの男は。そう思い至り、抗議の為に隣に座るユシュカの顔を見上げると、視線がかち合った。ユシュカの眼は、じっとこちらを見つめている。

ユシュカはその手に、食べかけのドーナツを持っている。まさかくれるというのは、その食べかけのドーナツのことだったのだろうか。もしそうならあまりに吝嗇が過ぎる。こちらを真っすぐに見つめるユシュカの眼をギッと睨み、内心で不満を垂れ流しながら、したみは「何?」と単純な問いを発した。ユシュカは何も言わない。

「だから、何?」

語調を強めて答えを促すと、ユシュカがにんまりと笑った。嫌な予感がする。ユシュカの答えはない。益々嫌な予感が強まった。

「俺、イルーシャと約束があったんだった。帰る」

ユシュカがあの笑い方をする時は、大抵が仕様もないことをこちらに仕掛けようとしている時だ。今まさに仕掛ける寸前といったところだろう。ならば被害を受ける前にさっさと退散してしまうのがベターだ。したみだってこれまでに学習してきている。回避できたことはあまりないが。

帰る、と宣言してから一秒にも満たない時間のことだった。二人掛けのソファから立ち上がろうとしたしたみの後頭部を、ユシュカが空いている方の手を回してがっしりと掴んだ。ユシュカの手のひらは、首の急所にもかかっている。今はこの魔族との間に、命のやり取りがあるわけではない。だからといって隙を見せ過ぎただろうか。冷汗が出た。

「まあ少し待て。ちゃんとくれてやる」

何が楽しいのか、ユシュカは上機嫌で食べかけのドーナツにかじりつき、口の中のものを咀嚼しながら、しかし完全に咀嚼しきることなく顔を近付けてきた。ここまでされれば、さすがのしたみも、ユシュカが何をしようとしているのかがわかった。

「悪趣味」

聞こえるようにはっきり呟くと、間近に迫ったユシュカの眼が眇められ、男の喉奥からくつくつという嘲笑めいた音が漏れ聞こえた。

この魔族、心底楽しんでいやがる。

腹立ちの余り鳩尾に一発くれてやろうかと、速やかなカウンター式報復を考えたが、過剰な反応はこの男の嗜虐心を擽って喜ばせるだけだと嫌でも学習させられ知っている。だからしたみは、敢えて緩く唇を開いて待ってやることにした。してやったりと勝利に酔い痴れているその唇に、せめて噛みついてやろうと胸の内で画策をしながら。

ドーナツは確かに、香辛料の香りが漂う異国の味がした。










この時の腹立ちを思い出しちゃうので、その後しばらくしたみはドーナツが苦手になる。でも後輩くんたちとドーナツ一緒に食べようって誘われたら断れないので平気そうな顔して食べるんだな。安定期に入ったら普通に食べるようになる。殺伐期にやらかしたこと、したみの中ではほぼなかったことになってるので……。

そして殺伐期(5本編中)のしたみはユシュカとの口移しなんてクソくらえって感じだったんですけど、5本編後別離期を乗り越えて穏やかな関係になった後は口移しくらい簡単にやってくれるようになります。